大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成5年(行ケ)201号 判決 1996年2月22日

東京都千代田区大手町2丁目2番1号

原告

住友重機械工業株式会社

同代表者代表取締役

小澤三敏

同訴訟代理人弁理士

加藤正信

羽片和夫

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 清川佑二

同指定代理人

大黒浩之

吉野日出夫

松島四郎

幸長保次郎

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

(1)  特許庁が平成4年審判第22884号事件について平成5年9月22日にした審決を取り消す。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和63年11月29日、昭和57年3月31日にした特許出願(昭和57年特許願第51066号)の一部を名称を「射出成形機のノズル後退量制御装置」とする発明(以下「本願発明」という。)として、分割出願(昭和63年特許願第299417号)し、平成3年7月1日出願公告(平成3年特許出願公告第43049号)されたが、特許異議の申立てがあり、平成4年7月21日付け手続補正書により手続補正し、同年9月10日異議の申立ては理由があるとの決定とともに、拒絶査定を受けたので、同年12月9日査定不服の審判を請求し、平成4年審判第22884号事件として審理され、平成5年1月8日付け手続補正書(以下「本件補正書」という。)により手続補正した(以下「本件補正」という。)ところ、同年9月22日本件補正を却下するとの決定(以下「本件補正却下決定」という。)とともに、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は、同年10月27日原告に送達された。

2  本件補正前の特許請求の範囲

射出を行うたびに油圧回路を切り換えて金型に対して射出ノズルを進退させるようにした射出成形機において、上記射出ノズルを進退させるための移動シリンダと、該移動シリンダへの油圧の切換えを行う切換弁と、計量完了又は冷却開始信号を受けてタイマの作動を開始する手段と、該タイマの設定時間だけ切換弁を切り換えて、上記射出ノズルを金型との接触位置から上記設定時間に対応する量だけ反金型方向に後退させる手段とを有することを特徴とする射出成形機のノズル後退量制御装置。(別紙図面参照)

3  本件補正書記載の特許請求の範囲

射出を行うたびに油圧回路を切り換えて金型に対して射出ノズルを進退させるようにした射出成形機において、上記射出ノズルを進退させるための移動シリンダと、該移動シリンダへの油圧の切換えを行う切換弁と、上記移動シリンダの内圧又は移動シリンダへの供給管路の内圧を検出する圧力スイッチと、金型の型締完了信号を受けて切換弁を切り換えて、上記射出ノズルを金型方向に移動させる手段と、上記圧力スイッチからの信号を受けて金型へのノズルタッチを確認し、射出開始信号を出力する手段と、計量完了又は冷却開始信号を受けてタイマの作動を開始する手段と、該タイマの設定時間だけ切換弁を切り換えて、上記射出ノズルをノズルタッチ位置から上記設定時間に対応する量だけ反金型方向に後退させる手段とを有することを特徴とする射出成形機のノズル後退量制御装置。

4  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は、2項の特許請求の範囲記載のとおりである。(本件補正は、本審決と同日付けで却下された。)

(2)  これに対して、拒絶査定の理由となった特許異議の決定に引用された刊行物は、次のとおりである。

<1> 「射出成形」(株)プラスチックエージ昭和43年1月20日発行、78頁ないし82頁、126頁ないし133頁(以下「引用例1」という。)

<2> 昭和52年特許出願公告第37016号公報(以下「引用例2」という。)

<3> 「新版知りたい油圧/応用編」(ジャパンマシニスト社1981年6月15日発行、56頁ないし57頁)(以下「引用例3」という。)

(審決の引用する各引用例の記載内容及び技術事項の認定は省略する。)

(3)  そこで、本願発明と引用例1記載の発明とを対比すると、両者は、「射出を行うたびに油圧回路を切り換えて金型に対して射出ノズルを進退させるようにした射出成形機において、上記射出ノズルを進退させるための移動シリンダと、該移動シリンダへの油圧の切換を行う切換弁と、計量完了又は冷却開始信号を受けて切換弁を切り換えて、上記射出ノズルを金型との接触位置から所定量だけ反金型方向に後退させる手段とを有することを特徴とする射出成形機のノズル後退量制御装置。」である点で一致するが、次の点で相違している。

本願発明は、計量完了又は冷却開始信号を受けてタイマの作動を開始する手段を有し、タイマの設定時間だけ切換弁を切り換えて、上記射出ノズルを金型との接触位置から上記設定時間に対応する量だけ反金型方向に後退させる手段を有しているのに対し、引用例1記載の発明では、射出ノズルの後退量をリミットスイッチにより所定距離後退させるようにしている。

(4)  上記相違点について検討する。

油圧シリンダによって物を所定距離移動するのに、リミットスイッチを用いて位置を規定することによって物を所定距離移動するようにする方法の他に、タイマに設定された時間、油圧シリンダに油を通すように切換弁を操作することにより物を所定距離移動するようにする方法があることは、引用例3に示すように、本出願前周知の事項であり、しかも、引用例2にも示されるように、射出成形の分野において、リミットスイッチに代えてタイマに設定された時間、移動させる対象は異なるものの、スクリュを所定距離移動することが本出願前に知られていることから、引用例1記載の発明において、射出ノズルの後退量をリミットスイッチを用いて規定することに代えて、タイマに設定された時間、油圧シリンダに油を通すように切換弁を操作することにより規定するようにすることは、当業者であれば容易に想到したことと認められるので、引用例1記載の発明において、タイマの設定時間だけ切換弁を切り換えて、射出ノズルを金型との接触位置から上記設定時間に対応する量だけ反金型方向に後退させる手段を設けるようにすることは当業者が容易になし得たものと認められ、また、タイマの作動を開始するにあたって、信号を受けてタイマの作動を開始することは引用例2に示すようによく知られており、該信号を計量完了又は冷却開始信号とすることは、引用例1記載の発明のものも、計量完了又は冷却開始信号を受けてノズルの後退を開始させているから、ノズルの後退量をタイマで行うに際し、タイマの作動を開始するのに、計量完了又は冷却開始信号を受けて行うようにすることに格別考案力を要するものとは認められない。

そして、前記の点により奏する作用効果も当業者が予測できる範囲のものにすぎない。

(5)  したがって、本願発明は、引用例1ないし3に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

5  本件補正却下決定の理由の要点

(1)  本件補正は、特許法17条の3(平成5年法律第26号による改正前の規定、以下同じ)1項の規定の適用を求めてなされたものであって、明細書を全文にわたって補正しようとするものである。

(2)  その補正の主なものを挙げると以下のとおりである。

イ.特許請求の範囲に「上記移動シリンダの内圧又は移動シリンダへの供給管路の内圧を検出する圧力スイッチと、金型の型締完了信号を受けて切換弁を切り換えて、上記射出ノズルを金型方向に移動させる手段と、上記圧力スイッチからの信号を受けて金型へのノズルタッチを確認し、射出開始信号を出力する手段」の構成要件を付加し、

ロ.発明の詳細な説明の(従来の技術)の欄に「加熱シリンダ内でスクリューを回転自在にかつ進退自在に支持し、計量工程において上記スクリューを回転させながら後退させて溶融した樹脂をスクリューの前方に蓄え、射出工程においてスクリューを前進させて射出ノズルから溶融した樹脂を射出し、金型のキャビティ内に充填するようになっている。

上記金型は、固定金型及び可動金型から成り、型締装置によって可動金型を進退させ、固定金型に接離させることができる。すなわち、可動金型を固定金型に接触させることによって型閉じが行われ、可動金型を固定金型に圧接させることによって型締めが行われ、この時上記キャビティ内に樹脂が充填される。

そして、保圧工程において充填された樹脂の圧力が一定時間保持された後、冷却工程においてキャビティ内の樹脂が冷却される。次に、可動金型を固定金型から離して型開きを行い成形品を取り出すことができる。

ところで、上記加熱シリンダは、射出装置に取り付けられ、該射出装置を射出成形機フレームに対して移動させることによって加熱シリンダを移動させることができるようになっている。そのため、油圧回路が設けられ、油圧回路の移動シリンダに対して油が給排される。また、」(本件補正書2頁12行ないし3頁17行)を付加し、

ハ.同じく(従来の技術)の欄の補正前の「そして、射出ノズル2が前進して金型5に接触すると、上記カム16がリミットスイッチ14を作動するように構成されている。」(明細書2頁8行ないし11行)を「上記リミットスイッチ14、カムスライド15及びカム16は図に示すようにそれぞれ一対ずつ配設され、一方はノズルタッチの確認用として、他方は後退量の設定用として配設される。

上記構成の射出成形機において、射出を開始する前に射出ノズル2を前進させ、該射出ノズル2を金型5に接触させてノズルタッチの確認を行い、その後、上記スクリューを前進させて樹脂を射出し、キャビティ内に充填する。

そこで、一方のカム16すなわちノズルタッチの確認用のカム16の位置を調整することによって、射出を開始する前において射出ノズル2を前進させた時に金型5に接触するタイミングでノズルタッチの確認用のリミットスイッチ14を作動させるようになっている。」(本件補正書4頁1行ないし15行)に補正し、

ニ.発明の詳細な説明の(発明が解決しようとする課題)の欄の補正前の「後退量を設定するに当り、…調節する必要がないようにした」(明細書2頁14行ないし3頁2行)を「ノズルタッチ確認用のカム16によって設定したリミットスイッチ14の作動位置を基準にして後退量を設定しているため、金型5の交換に伴い実際のノズルタッチ位置が変化すると、射出ノズル2の後退量を正確に設定することができない。

すなわち、ノズルタッチの確認用のリミットスイッチ14及び後退量の設定用のリミットスイッチ14を有するノズル後退量制御装置においては、射出ノズル2の後退量は、ノズルタッチの確認用のリミットスイッチ14が作動する位置から後退量の設定用のリミットスイッチ14が作動する位置までの距離に等しくなる。

したがって、金型5の交換に伴い例えば実際のノズルタッチ位置が射出ノズル2側に変化した場合には、設定される後退量より実際の後退量が小さくなり、必要な後退量を確保することが不可能になってしまう。

そこで、金型を交換するたびに上記カムスライド15に対するカム16の位置を調整するようにしている。

ところが、上記ノズルタッチ位置の変化に対応する量だけカム16を正確に移動させるのは極めて困難であり、作業効率が低下するとともに調整作業に熟練を要する。

また、通常、射出成形サイクルの周期を短くするために上記後退量は極めて小さく設定されるが、上記リミットスイッチ14に作動ヒステリシスを設ける必要があるため限界がある。そして、金型の交換に伴い例えば実際のノズルタッチ位置がわずかに射出ノズル2側に変化するだけで、リミットスイッチ14が作動したままとなり、解除されることがなくなって射出成形サイクルが停止してしまうこともある。

本発明は、上記問題点を解決し、射出ノズルの後退量を正確に設定することができ、金型を交換するたびにカムなどの位置を調整する必要がなく、また、射出ノズルの後退量を極めて小さく設定しても射出成形サイクルが停止することがない」(本件補正書5頁13行ないし7頁11行)と補正し、

ホ.発明の詳細な説明の(課題を解決するための手段)の欄に「そして、上記移動シリンダの内圧又は移動シリンダへの供給管路の内圧を検出する圧力スイッチと、金型の型締完了信号を受けて切換弁を切り換えて、上記射出ノズルを金型方向に移動させる手段と、上記圧力スイッチからの信号を受けて金型へのノズルタッチを確認し、射出開始信号を出力する手段が設けられる。」(本件補正書8頁1行ないし7行)を付加し、

ヘ.発明の詳細な説明の(作用)の欄に「上記移動シリンダの内圧又は移動シリンダへの供給管路の内圧を検出する圧力スイッチと、金型の型締完了信号を受けて切換弁を切り換えて、上記射出ノズルを金型方向に移動させる手段と、上記圧力スイッチからの信号を受けて金型へのノズルタッチを確認し、射出開始信号を出力する手段が設けられている。

したがって、型締めが完了すると上記射出ノズルが金型方向に移動し、これによって移動シリンダの内圧又は移動シリンダへの供給管路の内圧が上昇した時にノズルタッチが確認される。また、」(本件補正書8頁16行ないし9頁8行)を付加し、

ト.発明の詳細な説明の(発明の効果)の欄に「上記移動シリンダの内圧又は移動シリンダへの供給管路の内圧を検出する圧力スイッチと、金型の型締完了信号を受けて切換弁を切り換えて、上記射出ノズルを金型方向に移動させる手段と、上記圧力スイッチからの信号を受けて金型へのノズルタッチを確認し、射出開始信号を出力する手段を有している。

したがって、リミットスイッチを使用することなくノズルタッチを確認することができるので、金型の交換に伴って実際のノズルタッチ位置が変化してもノズルタッチを正確に確認することができ、しかも、リミットスイッチを作動させるカムの位置を調整する必要がなくなる。また、」(本件補正書13頁6行ないし19行)を付加し、

チ.同じく(発明の効果)の欄に「しかも、作動ヒステリシスを設ける必要がないので、後退量を極めて小さく設定することでき、その分射出成形サイクルを短くすることができる。

さらに、ノズルタッチの確認用及び後退量の設定用のいずれのリミットスイッチも不要になるだけでなく、カムスライドやカムも不要になるため、機構を簡素化することができる。

しかも、タイマの設定時間を調整するだけでよいので遠隔制御が可能となり成形作業を全自動化した射出成形機を提供することができ、かつ、タイマの設定時間を成形データ上で設定することができるので、成形データとして記憶しておき、再度使用することも可能になる。」(本件補正書14頁13行ないし15頁5行)を付加するものである。

(3)  そこで、上記補正事項について検討する。

イ.について

イ.の補正は、金型の交換に伴って実際のノズルタッチ位置が変化してもノズルタッチを正確に確認することができるようにする目的のために、新たな構成要件として「上記移動シリンダの内圧又は移動シリンダへの供給管路の内圧を検出する圧力スイッチと、金型の型締完了信号を受けて切換弁を切り換えて、上記射出ノズルを金型方向に移動させる手段と、上記圧力スイッチからの信号を受けて金型へのノズルタッチを確認し、射出開始信号を出力する手段」を出願公告時の発明に付加するものであるが、出願公告時の発明は射出成形機のノズルの後退量を設定するに当り、金型を交換するたびにカムスライドの位置を調整する必要をなくし、調整作業に熟練を要せず作業効率を向上させることを目的とするものであって、イ.の補正は明らかに発明の目的を異にする新たな構成要件を付加するものであるから、イ.の補正は形式上特許請求の範囲の減縮になるとしても、実質上特許請求の範囲を変更するものと認める。

ロ.について

ロ.の補正は、従来の射出成形機について、新たに詳細に説明したもので、その内容は射出成形機において特に射出充填工程について詳細に述べていることから、この補正は、前記イ.の特許請求の範囲に関する補正で付加した、新たな構成要件に関する従来技術を付加したものと認められるので、ロ.の補正は、「誤記の訂正」や「明瞭でない記載の釈明」にも該当しない不明瞭な記載であるものといわざるを得ない。

ハ.について

ハ.の補正事項についても、上記ロ.と同様に、従来の射出成形機について、新たに詳細に説明したもので、その内容は射出成形機において特に射出ノズルのノズルタッチについて詳細に述べていることから、この補正も、前記イ.の特許請求の範囲に関する補正で付加した、新たな構成要件に関する従来技術を付加したものと認められるので、ハ.の補正は、「誤記の訂正」や「明瞭でない記載の釈明」にも該当しない不明瞭な記載であるものといわざるを得ない。

ニ.について

ニ.の補正は、補正前の発明に関する発明が解決しようとする課題について補正しようとするものであるが、補正後の「また、通常、射出成形サイクルの周期を短くするために上記後退量は極めて小さく設定されるが、上記リミットスイッチ14に作動ヒステリシスを設ける必要があるため限界がある。そして、金型の交換に伴い例えば実際のノズルタッチ位置がわずかに射出ノズル2側に変化するだけで、リミットスイッチ14が作動したままとなり、解除されることがなくなって射出成形サイクルが停止してしまうこともある。」点は、本願発明が解決しようとしている問題点として出願公告時の明細書に記載されておらず、出願公告時の明細書によっては客観的に認識できず、かつ、出願公告時の明細書から導き出される自明の事項とも認められないから、この補正は、「誤記の訂正」や「明瞭でない記載の釈明」にも該当しない不明瞭な記載であるものといわざるを得ない。

ホ.について

ホ.の補正は、前記イ.の特許請求の範囲に関する補正で付加した、新たな構成要件に相当する事項を付加したものであるから、この補正は明らかに、「誤記の訂正」や「明瞭でない記載の釈明」にも該当しない不明瞭な記載であるものといわざるを得ない。

ヘ.について

ヘ.の補正も同様に、前記イ.の特許請求の範囲に関する補正で付加した、新たな構成要件に関する作用を付加したものと認められるので、この補正も明らかに、「誤記の訂正」や「明瞭でない記載の釈明」にも該当しない不明瞭な記載であるものといわざるを得ない。

ト.について

ト.の補正も同様に、前記イ.の特許請求の範囲に関する補正で付加した、新たな構成要件に関する発明の効果を付加したものと認められるので、この補正も明らかに、「誤記の訂正」や「明瞭でない記載の釈明」にも該当しない不明瞭な記載であるものといわざるを得ない。

チ.について

チ.の補正は、補正前の発明に関する、発明の効果について補正しようとするものであるが、補正後の「しかも、作動ヒステリシスを設ける必要がないので、後退量を極めて小さく設定することができ、その分射出成形サイクルを短くすることができる。」点及び「タイマの設定時間を成形データ上で設定することができるので、成形データとして記憶しておき、再度利用することも可能になる。」点は、本願発明が奏する効果として出願公告時の明細書に記載されておらず、出願公告時の明細書によっては客観的に認識できず、かつ、出願公告時の明細書から導き出される自明の事項とも認められないから、この補正は、「誤記の訂正」や「明瞭でない記載の釈明」にも該当しない不明瞭な記載であるものといわざるを得ない。

(4)  したがって、上記補正は、特許法17条の3、1項ただし書の規定あるいは同法17条の3、2項の規定により準用する同法126条2項の規定に違反しているから同法159条1項において準用する同法54条1項の規定により却下すべきものである。

6  審決の取消事由

(1)  本件補正却下決定の認定判断のうち、(1)、(2)は認めるが、(3)、(4)は争う。本件補正は、補正前の明細書の「特許請求の範囲の減縮」及び「明りょうでない記載の釈明」であるのに、本件補正決定には、これを「実質上特許請求の範囲を変更するもの」であり、また、「誤記の訂正」や「明瞭でない記載の釈明」にも該当しない「不明瞭な記載である」と誤って認定判断した違法があり、その結果、審決は、本願発明の要旨を誤って認定し、これと引用例記載の発明を対比し、本願発明は、特許法29条2項に規定により特許を受けることができないとしたものであって、違法であるから取り消されるべきである。

(2)  以下、詳述する。

イ.補正事項イ.について

出願公告時の「発明の目的」の項に、「本発明は、上記問題点を除去し、射出ノズルの位置を正確に検出して射出を開始することができるようにするとともに、金型を交換するたびにカム等を調節する必要がないようにした射出成形機のノズル後退量制御装置を提供することを目的とする。」(本願発明の出願公告公報の明細書(以下「公告明細書」という。)2欄13行ないし18行)の記載があり、さらに、「実施例」の項に、「射出ノズル2と金型5とが互いに接触すると、シリンダ室及び油圧供給管路の内圧が上昇するが、該内圧が予め設定したプレッシャスイッチ(プレッシャスイッチは圧力スイッチと同義語)10の該定圧に達すると、該プレッシャスイッチ10が作動し、射出ノズル2と金型5との接触を検出するとともに、該検出信号を前記制御装置11に入力する。制御装置11は、該検出信号により射出装置1に指令信号を出し、以下公知の手段により順次、射出、計量、冷却、型開、離型等の各工程を遂行する。また、該制御装置11は、前記諸工程遂行中において計量完了又は冷却開始信号を受けると、タイマ12により予め設定された時間だけ、電磁切換弁7に後退指令信号を出力し、該信号により電磁切換弁7を励磁し、移動シリンダ6に油圧を供給して射出ノズル2を金型5から後退させる。」(同4欄14行ないし30行)の記載からみて、本願発明は、ノズルタッチ位置を正確に検出し、そして、該位置を基準にしてタイマによりノズルの後退量を制御するものであることは明らかであるから、本願発明の目的を何ら変更するものでなく、イ.の補正は、公告明細書に記載された範囲内での構成要件の付加であって、実質上特許請求の範囲を変更するものではなく、特許請求の範囲の減縮に相当することは極めて明白である。

したがって、イ.の補正は、実質上特許請求の範囲を変更するものであるとの判断は誤りである。

ロ.補正事項ロ.について

ロ.の補正は、本願発明の内容が当業者によりよく理解されるように、従来技術の背景を単に補足説明したものであり、「明りょうでない記載の釈明」に相当することは極めて明白である。

したがって、「誤記の訂正」や「明瞭でない記載の釈明」にも該当しない不明瞭な記載であるとの判断は誤りである。

ハ.補正事項ハ.について

ハ.の補正も、前項同様に本願発明の内容が当業者によりよく理解されるように、従来技術の背景を単に補足説明したものであり、「明りょうでない記載の釈明」に相当することは極めて明白である。

したがって、「誤記の訂正」や「明瞭でない記載の釈明」にも該当しない不明瞭な記載であるとの判断は誤りである。

ニ.補正事項ニ.について

ニ.の補正は、射出成形機におけるノズル後退量の制御にリミットスイッチを使用した従来技術の欠点、特に、リミットスイッチの周知の動作特性(甲第7、第8号証参照。リミットスイッチがONになる位置OPとOFFになる位置RPが同一位置ではなく、応差MDが起こる。本願発明ではこのMDのことをヒステリシスと呼んでいる。)を説明したもので、当業者にとって自明の事項であり、本願発明が解決しようとする従来技術の問題点にすぎず、この補正は、「明りょうでない記載の釈明」に相当することは極めて明白である。

したがって、「誤記の訂正」や「明瞭でない記載の釈明」にも該当しない不明瞭な記載であるとの判断は誤りである。

ホ.補正事項ホ.について

ホ.の補正は、イ.で述べたとおり、「特許請求の範囲の減縮」に相当するものであって、これに関連する(課題を解決するための手段)の補正であり、「誤記の訂正」ないしは「明りょうでない記載の釈明」に相当することは明白である。

したがって、「誤記の訂正」や「明瞭でない記載の釈明」にも該当しない不明瞭な記載であるとの判断は誤りである。

ヘ.補正事項ヘ.について

ヘ.の補正は、その作用について、公告明細書に記載されており(4欄1行ないし20行)、何ら付加したものではなく、単に解りやすく説明したにすぎないから「明りょうでない記載の釈明」に相当することは明白である。

したがって、「誤記の訂正」や「明瞭でない記載の釈明」にも該当しない不明瞭な記載であるとの判断は誤りである。

ト.補正事項ト.について

ト.の補正は、イ.で述べたとおり、公告明細書の発明の目的に「本発明は、上記問題点を除去し、射出ノズルの位置を正確に検出して射出を開始することができるようにするとともに、金型を交換するたびにカム等を調節する必要がないようにした」(公告明細書2欄13行ないし16行)との記載があり、この目的の達成度を表す効果の記載をより明瞭にしたもので、前記付加された構成要件から当業者が容易に認識し得る当然の効果であって、新規な効果の発見ではないから、この補正は、「明りょうでない記載の釈明」に相当することは極めて明白である。

したがって、「誤記の訂正」や「明瞭でない記載の釈明」にも該当しない不明瞭な記載であるとの判断は誤りである。

チ.補正事項チ.について

チ.の補正は、従来のリミットスイッチでは期待できない、タイマを採用したことによる当然の効果で、何ら新規な効果の発見でもなく、従来技術との比較において説明不足であった効果を補足したにすぎないから、この補正は、「明りょうでない記載の釈明」に相当することは極めて明白である。

したがって、「誤記の訂正」や「明瞭でない記載の釈明」にも該当しない不明瞭な記載であるとの判断は誤りである。

(3)  以上のとおり、本件補正は、補正前の明細書の「特許請求の範囲の減縮」及び「明りょうでない記載の釈明」であって、出願公告後の特許請求の範囲を実質上拡張したり、変更したりするものではなく、第3者に何ら不測の損害を及ぼすものでもないから、特許法で許容されている範囲内での補正である。

したがって、かかる補正は、特許法17条の3、1項ただし書の規定あるいは同法17条の3、2項の規定により準用する同法126条2項の規定に違反するものではないから、同法159条1項において準用する同法54条1項の規定により却下した本件補正却下決定は誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1項ないし5項は認めるが、6項は争う。審決及び本件補正却下決定の認定判断は正当であり、原告の主張は理由がない。

2  本願発明の要旨認定の誤りについて

(1)  本件補正却下決定についての原告の主張について

イ.補正事項イ.について

公告明細書によれば、補正前の発明は、従来の射出成形機のノズル後退量制御装置において後退量を設定するに当たり、金型を交換するたびにカムスライドの位置を調整する必要があり、調整作業に熟練を要するだけでなく作業効率を向上させることが困難であった問題点を除去する目的でなされたもので、そのために、計量完了又は冷却開始信号を受けてタイマの作動を開始する手段と、該タイマの設定時間だけ切換弁を切り換えて、射出ノズルを反金型方向に移動させるようにしたものである。

これに対し、補正事項イ.の補正による補正後の発明は、移動シリンダの内圧又は移動シリンダへの供給管路の内圧を検出する圧力スイッチと、金型の型締完了信号を受けて切換弁を切り換えて、射出ノズルを金型方向に移動させる手段と、圧力スイッチからの信号を受けて金型へのノズルタッチを確認し、射出開始信号を出力する手段を設ける点を新たな発明の構成要件の一部とすることにより、発明の目的を金型の交換に伴って実際のノズルタッチを正確に確認できる点を含むものに変えるものである。

したがって、補正事項イ.による補正は、実質上特許請求の範囲を変更するものである。

たとえ公告明細書の実施例の項に、前記のように、射出ノズルの位置を正確に検出して射出を開始することができるようにすることが記載されていたとしても、この記載は、出願公告時の発明の目的とは関係がなく、これを出願公告時の発明の目的として認めることはできない。

また、実施例の項に補正後の構成に対応する事項が記載されているとしても、実施例の項の記載を補正後の発明の構成要件とすることは、出願公告時の発明の目的の範囲を逸脱するものであるから、特許請求の範囲を実質的に変更するものとなる。

以上のとおり、補正事項イ.に関する原告の主張は失当である。

ロ.補正事項ロ.について

「明りょうでない記載の釈明」とは、文理上意味の明らかでない記載、発明の新規性、進歩性を明確にする上では不十分な記載である等の不備を生じさせている記載を正して、その記載の本来の意味内容を、出願公告時の明細書又は図面に記載された事項の範囲内において明らかにするものである。

そして、出願公告時の明細書又は図面には、補正事項ロ.に対応する、不備を生じさせている記載が存在せず、補正事項ロ.の補正は、出願公告時の明細書に記載されていない従来技術の背景の詳細を新たに説明したものである。

したがって、補正事項ロ.の補正は、不備を生じさせている記載の意味内容を、出願公告時の明細書又は図面に記載された事項の範囲内において明らかにするものとは認められず、原告の主張は失当である。

ハ.補正事項ハ.について

公告明細書に記載された「そして、射出ノズル2が前進して金型5に接触すると、上記カム16がリミットスイッチ14を作動させるように構成されている。」は、出願公告時の発明の技術的課題である後退量を設定するに当たり、金型を交換するたびに上記カムスライド15の位置を調節する必要があることを示す従来技術の説明をしたものとは認められず、公告明細書の前記記載を補正事項ハ.のように補正することは、出願公告時の発明の課題とは関係のないノズルタッチの確認に関する従来技術についての詳細を付加するものであるから、補正事項ハ.の補正は、不備を生じさせている記載の意味内容を、出願公告時の明細書又は図面に記載された事項の範囲内において明らかにするものとは認められず、原告の主張は失当である。

ニ.補正事項ニ.について

本件補正却下決定で指摘した事項「また、通常、射出成形サイクルの周期を短くするために上記後退量は極めて小さく設定されるが、上記リミットスイッチ14に作動ヒステリシスを設ける必要があるため限界がある。そして、金型の交換に伴い例えば実際のノズルタッチ位置がわずかに射出ノズル2側に変化するだけで、リミットスイッチ14が作動したままとなり、解除されることがなくなって射出成形サイクルが停止してしまうこともある。」は、従来技術において射出成形サイクルの周期を短くするために上記後退量は極めて小さく設定されることが、リミットスイッチの作動ヒステリシスとの関連で金型の交換に伴い、例えば実際のノズルタッチ位置がわずかに射出ノズル2側に変化するだけで、リミットスイッチ14が作動したままとなり、解除されることがなくなって射出成形サイクルが停止してしまうこともあるという、出願公告時の技術的課題とは別の新たな問題点を提供するものであり、このことは、例えリミットスイッチのヒステリシスが周知の事項であったとしても、補正事項ニ.のように補正することは、新たな技術的課題を提供するものであって、補正事項ニ.の補正は、不備を生じさせている記載の意味内容を、出願公告時の明細書又は図面に記載された事項の範囲内において明らかにするものとは認められず、原告の主張は失当である。

ホ.補正事項ホ.について

公告明細書の課題を解決するための手段の記載は、それ自体は明瞭であって、補正事項ホ.のように補正を行うことにより、出願公告時の発明が解決しようとする課題以外の、ノズルタッチの確認に関する手段をも含むことになり、かえって出願公告時の課題を解決するための手段を不明瞭にするものと認められ、補正事項ホ.による補正は、公告明細書における不備を生じさせている記載の意味内容を、当該明細書又は図面に記載された事項の範囲内において明らかにするものではないから、補正事項ホ.の補正は、不明瞭な記載の釈明をするものとは到底認められず、原告の主張は失当である。

ヘ.補正事項ヘ.について

補正事項ヘ.の補正は、補正事項イ.の特許請求の範囲に関する補正で付加した新たな構成要件に関する作用を付加するもので、公告明細書には、補正事項ヘ.に対応する不備な記載は存在せず、出願公告時における不備を生じさせている記載を正して、その記載本来の意味内容を、出願公告時の明細書又は図面に記載された事項の範囲内において明らかにするものではないから、補正事項ヘ.の補正は、不明瞭な記載の釈明をするものとは到底認められない。

なお、原告は、補正事項ヘ.にかかる作用は、公告明細書に記載されている旨主張しているが、当該記載は、出願公告時の発明とは直接関係のない記載であって、補正事項ヘ.にかかる作用と同様のことが公告明細書の実施例の項に記載されているからといって、それが出願公告時の発明の作用を記載したものとは認められず、公告明細書に正すべき不備な記載が存在していたとは認められない。

したがって、原告の主張は失当である。

ト.補正事項ト.について

補正事項ト.の補正は、補正事項イ.の特許請求の範囲に関する補正で付加した新たな構成要件に関する効果を付加するもので、公告明細書には、補正事項ト.に対応する不備な記載は存在せず、出願公告時における不備を生じさせている記載を正して、その記載本来の意味内容を、出願公告時の明細書又は図面に記載された事項の範囲内において明らかにするものではないから、補正事項ト.の補正は、不明瞭な記載の釈明をするものとは到底認められない。

なお、原告は、補正事項ト.にかかる効果は、公告明細書の効果の記載をより明瞭にしたもので、新規な効果の発見ではない旨主張しているが、「射出ノズルの位置を正確に検出して射出を開始することができるようにする」点は、出願公告時の発明とは直接関係のない目的の記載であって、この点が出願公告時の発明の効果の達成度としての記載とは認められず、補正事項ト.にかかる効果に対応する正すべき不備な記載であったとは認められないので、公告明細書に正すべき不備な記載が存在していたとは認められない。

したがって、原告の主張は失当である。

チ.補正事項チ.について

補正事項チ.の補正のうち、「しかも、作動ヒステリシスを設ける必要がないので、後退量を極めて小さく設定することができ」る点については、公告明細書には、これに対応する不備な記載が存在せず、出願公告時における不備を生じさせている記載を正して、その記載本来の意味内容を、出願公告時の明細書又は図面に記載された事項の範囲内において明らかにするものではないから、上記補正は、不明瞭な記載の釈明をするものとは到底認められない。

また、補正事項チ.の補正のうち、「タイマの設定時間を成形データ上で設定することができるので、成形データとして記憶しておき、再度使用することも可能になる。」点についても、公告明細書には、これに対応する不備な記載が存在せず、出願公告時における不備を生じさせている記載を正して、その記載本来の意味内容を、出願公告時の明細書又は図面に記載された事項の範囲内において明らかにするものではないから、上記補正は、不明瞭な記載の釈明をするものとは到底認められない。

したがって、原告の主張は失当である。

(2)  以上のとおり、本件補正は、実質上特許請求の範囲を変更するものか、又は誤記の訂正や明瞭でない記載の釈明にも該当しないものであるから、これと同旨の理由でした本件補正却下決定に何ら誤りとされる点はない。

3  よって、審決が本願発明の要旨の認定を誤ったとする原告の主張は失当であり、審決に何ら違法の点はない。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

第1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本件補正前の特許請求の範囲)、同3(本件補正書記載の特許請求の範囲)、同4(審決の理由の要点)、同5(本件補正却下決定の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

第2  そこで、原告主張の審決の取消事由について判断する。

1  成立に争いのない甲第4号証(本願発明の出願公告公報)、同第5号証(平成4年7月21日付け手続補正書)によれば、本件補正前の明細書(以下「補正前明細書」という。)には、本件補正前の本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。(別紙図面参照)

(1)  (産業上の利用分野)本願発明は、射出を行うたびに油圧回路を切り換えて金型に対して射出ノズルを進退させるようにした射出成形機において、計量完了又は冷却開始信号により射出ノズルを後退させるとともに、その後退量をタイマにより制御するようにした射出成形機に関する。(前記公報1欄14行ないし19行)

(2)  (従来の技術)従来、この種の射出成形機においては、第2図に示すように射出成形機フレーム13にリミットスイッチ14を装着する一方、射出装置(射出ノズル側)1に装着したカムスライド15にカム16を位置調整可能に装着してある。そして、射出ノズル2が前進して金型5に接触すると、上記カム16がリミットスイッチ14を作動させるように構成されている。(同1欄20行ないし2欄5行)

(3)  (発明が解決しようとする課題)ところが、上記従来の射出成形機のノズル後退量制御装置においては、後退量を設定するに当たり、金型を交換するたびに金型と射出ノズルの接触位置が変化して後退量が変わるため、上記カムスライド15の位置を調整する必要があり、調整作業に熟練を要するだけでなく作業効率を向上させることが困難であった。(前記手続補正書2頁18行ないし3頁4行)

本願発明は、上記問題点を除去し、射出ノズルの位置を正確に検出して射出を開始することができるようにするとともに、金型を交換するたびにカム等を調節する必要がないようにした射出成形機のノズル後退量制御装置を提供することを目的とし(前記公報2欄13行ないし18行)、特許請求の範囲記載の構成(前記手続補正書2頁4行ないし14行)を採用した。

(4)  (課題を解決するための手段)本願発明は、上記問題点を解決するために、射出を行うたびに油圧回路を切り換えて金型に対して射出ノズルを進退させるようにした射出成形機において、上記射出ノズルを進退させるための移動シリンダと該移動シリンダへの油圧の切換えを行う切換弁が設けられる。(前記公報2欄19行ないし3欄2行)

そして、計量完了又は冷却開始信号を受けてタイマの作動を開始する手段と、該タイマの設定時間だけ切換弁を切り換えて、上記射出ノズルを金型との接触位置から上記設定時間に対応する量だけ反金型方向に後退させる手段とが設けられる。(前記手続補正書3頁8行ないし12行)

(5)  (作用)本願発明によれば、射出ノズルを進退させるための移動シリンダと、該移動シリンダへの油圧の切換えを行う切換弁が設けられ、さらに、計量完了又は冷却開始信号を受けてタイマの作動を開始する手段と、該タイマの設定時間だけ切換弁を切り換えて、上記射出ノズルを金型との接触位置から上記設定時間に対応する量だけ反金型方向に移動させる手段とが設けられているので、射出、計量、冷却、型開、離型等の各工程遂行中において計量完了又は冷却開始信号を受けると、タイマにより予め設定された時間だけ電磁切換弁に後退指令信号が出力される。(前記手続補正書3頁14行ないし4頁5行)

そして、該信号により電磁切換弁は励磁され、移動シリンダに油圧が供給されて、射出ノズルが金型から後退する。タイマが時間切れになると、電磁切換弁が消磁され、移動シリンダが停止させられる。

すなわち、タイマの設定時間によって、射出ノズルの後退量を制御することができるようになるので、金型を交換するたびにカムスライド等の位置を調整する必要がなくなる。(前記公報3欄19行ないし23行)

(6)  (発明の効果)本願発明によれば、金型と射出ノズルの接触位置が変化しても射出ノズルの後退量をタイマによって任意に設定し、かつ、精度良く後退させることができる。(前記手続補正書4頁13行ないし5頁4行)

したがって、従来の射出成形機のようにリミットスイッチの調整を行う必要がなく、単にタイマの設定を行うのみでよいから操作が容易になり、かつ、調整不備等による誤作動もなくなるから、成形効率を向上させることができるとともに、遠隔制御も可能となり成形作業を全自動化した射出成形機を提供することができるようになる。(前記公報5欄5行ないし6欄1行)

2  本件補正の主な内容が本件補正却下決定の理由の要点(請求の原因5(2))のとおりであることは、当事者間に争いがない。

原告は、本件補正却下決定が、本件補正をもって「実質上特許請求の範囲を変更するもの」であり、また、「誤記の訂正」や「明瞭でない記載の釈明」に該当しない「不明瞭な記載である」としたのは、違法である旨主張するので、この点について検討する。

(1)  まず、特許請求の範囲の補正についてみると、本件補正は、本件補正前の特許請求の範囲(請求の原因2)を本件補正書記載の特許請求の範囲(同3)に変更するものである。

そこで、両者を対比すると、補正前の発明は、その特許請求の範囲において、射出ノズルの金型へのノズルタッチの確認のための手段については、何も規定していないのに対し、本件補正は、補正前の発明の構成に、「上記移動シリンダの内圧又は移動シリンダへの供給管路の内圧を検出する圧力スイッチと、金型の型締完了信号を受けて切換弁を切り換えて、上記射出ノズルを金型方向に移動させる手段と、上記圧力スイッチからの信号を受けて金型へのノズルタッチを確認し、射出開始信号を出力する手段」の構成を付加するものである。

すなわち、本件補正は、補正前の発明の構成に、さらに、移動シリンダの内圧又は移動シリンダへの供給管路の内圧を検出する圧力スイッチ、及び、この圧力スイッチからの信号を受けて金型へのノズルタッチを確認する手段等を付加したものであるということができる。

(2)  そこで、発明の詳細な説明の補正について検討する。

<1> まず、発明の課題(目的)については、補正前明細書においては、その課題(目的)は、前記1(3)認定のとおり、従来のノズル後退量制御装置の欠点、すなわち、射出ノズルの後退量を設定するに当たり、金型を交換するたびに金型と射出ノズルの接触位置が変化して後退量が変わるため、カムスライドの位置を調整する必要があり、調整作業に熟練を要するだけでなく作業効率を向上させることが困難であったので、この問題点を除去し、金型を交換するたびにカム等を調節する必要がないようにしたことであると認められる。

これによれば、射出ノズルの後退量の設定についての指摘はあるものの、射出ノズルの金型へのノズルタッチの位置の確認に正確を期することについての指摘はなく、これを課題(目的)としているものとは認めることができない。

もっとも、補正前明細書の(発明が解決しようとする課題)の項には、「射出ノズルの位置を正確に検出して射出を開始することができるようにする」という課題(目的)の記載があることは認められるのであるが、その(従来の技術)、(課題を解決するための手段)等の前後の記載を併せ考えると、射出ノズルの金型へのノズルタッチの正確性についての記載と読み取ることはできないというべきである。

ところが、本件補正書においては、発明の課題(目的)は、補正事項ニ.のとおり、従来の射出成形機の欠点、すなわち、リミットスイッチでは、ノズルタッチ位置が変化すると射出ノズルの後退量を正確に設定することができないことから、カム及びリミットスイッチを使用することなく圧力スイッチによりノズルタッチ位置を確認し、金型の交換に伴って実際のノズルタッチ位置が変化してもノズルタッチを正確に確認することができ、さらに、リミットスイッチでは、作動ヒステリシスを設ける必要があるため射出ノズルの後退量を極めて小さく設定するには限界があるところ、この問題点をも解決し、射出ノズルの後退量を正確に設定することができるようにするというのであって、「カム及びリミットスイッチを使用することなく圧力スイッチによりノズルタッチ位置を確認し、金型の交換に伴って実際のノズルタッチ位置が変化してもノズルタッチを正確に確認することができる」という課題(目的)を付加したものであることが認められる。

<2> 次に、課題(目的)を解決する手段については、前記特許請求の範囲の補正に伴い、補正事項ホ.のとおり、本件補正前の構成に、前記<1>の課題(目的)を解決するため、前記(1)と同一の構成を設けることを付加するものと認められる。

<3> また、作用については、本件補正ヘ.のとおり、前記特許請求の範囲の補正により付加された構成によって達成される「型締めが完了すると上記射出ノズルが金型方向に移動し、これによって移動シリンダの内圧又は移動シリンダへの供給管路の内圧が上昇した時にノズルタッチが確認される。」という作用を付加するものと認められる。

<4> さらに、発明の効果をみても、補正前明細書においては、前記1(6)認定のとおり、金型と射出ノズルの接触位置が変化しても射出ノズルの後退量をタイマによって任意に設定し、精度良く後退させることができ、したがって、従来の射出成形機のようにリミットスイッチの調整を行う必要がなく、単にタイマの設定を行うのみでよいから操作が容易になり、調整不備等による誤作動もなくなるというものである。

これに対し、本件補正書においては、補正事項ト.のとおり、リミットスイッチを使用することなくノズルタッチを確認することができるので、金型の交換に伴って実際のノズルタッチ位置が変化してもノズルタッチを正確に確認することができ、リミットスイッチを作動させるカムの位置を調整する必要がなく、また、金型の交換に伴い実際のノズルタッチ位置が変化しても射出ノズルの後退量を実際のノズルタッチ位置を基準にして正確に設定することができ、また、後退量をリミットスイッチを使用することなくタイマの設定時間に対応する量を設定しているため、リミットスイッチを作動させるカムの位置を調整する必要がなく、しかも、作動ヒステリシスを設ける必要がないので、後退量を極めて小さく設定することでき、その分射出成形サイクルを短くすることができるというのであって、補正前明細書に記載された効果に、さらに「圧力スイッチにより、カム等の調整をしなくとも、ノズルタッチを正確に確認する」という異なった効果を付加するものと認められる。

(3)  以上の(1)及び(2)において検討したところによれば、本件補正のうち、補正事項イ.は、補正前明細書に記載された発明に、補正前の発明とは課題(目的)の異なった構成を付加し、これにより異なる作用効果を奏することを意図するものであって、実質的に特許請求の範囲を変更するものであり、補正事項ニ.ホ.ヘ.ト.は、特許請求の範囲に補正事項イ.の構成を付加したことに伴い、補正前明細書の記載に何らの誤記も明りょうでない記載も存しないのに、構成の付加に関連して課題(目的)、課題(目的)を解決する手段、作用効果を付加するものであることが明らかである。

この点に関し、原告は、補正前明細書の(実施例)の項についての記載を根拠として、本件補正は、同明細書の記載の範囲内での構成要件の付加にすぎない旨主張する。

前掲甲第4、第5号証によれば、補正前明細書の(実施例)の項に、「射出ノズル2と金型5とが互いに接触すると、シリンダ室及び油圧供給管路の内圧が上昇するが、該内圧が予め設定したプレッシャスイッチ10の該定圧に達すると、該プレッシャスイッチ10が作動し、射出ノズル2と金型5との接触を検出するとともに、該検出信号を前記制御装置11に入力する。

制御装置11は、該検出信号により射出装置1に指令信号を出し、以下公知の手段により順次、射出、計量、冷却、型開、離型等の各工程を遂行する。また、該制御装置11は、前記諸工程遂行中において計量完了又は冷却開始信号を受けると、タイマ12により予め設定された時間だけ、電磁切換弁7に後退指令信号を出力し、該信号により電磁切換弁7を励磁し、移動シリンダ6に油圧を供給して射出ノズル2を金型5との接触位置から上記設定時間に対応する量だけ反金型方向に後退させる。」(本願発明の出願公告公報4欄14行ないし30行、平成4年7月21日付け手続補正書4頁7行ないし9行)と記載されていることが認められ、この記載中には、プレッシャスイッチ、すなわち、圧力スイッチにより、射出シリンダの金型へのノズルタッチを検出する構成が記載されていることが認められる。しかしながら、この構成は前記補正前の発明の特許請求の範囲には記載がないものであって、たとえ、補正前明細書の(実施例)の項にこのような記載があっても、これをもって本件補正が許されるとすることはできない。

3  以上のとおり、本件補正のうち、補正事項イ.は、補正前明細書に記載された特許請求の範囲に新たな構成を付加するものであって、これによって、形式上特許請求の範囲が減縮されるといえるとしても、実質的に特許請求の範囲を変更するものであり、補正事項ニ.ホ.ヘ.ト.は、「誤記の訂正」や「明瞭でない記載の釈明」に該当しないから、この点についての本件補正却下決定の認定判断は正当である。

そうすると、その余の点について判断するまでもなく、本件補正は、特許法17条の3、1項ただし書の規定あるいは同条2項の規定により準用する同法126条2項の規定に違反しているから、同法159条1項において準用する同法54条1項の規定により却下すべきものであり、これと同旨の本件補正却下決定は相当であって、これに誤りがあるとすることはできない。

4  以上のとおり、本件補正却下決定に誤りはなく、これを基に本願発明の要旨を認定した審決の認定判断に誤りはない。

5  したがって、原告の主張する審決の取消事由は理由がない。

第3  よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 持本健司)

別紙図面

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例